なぜ?こうして病気があらわれてくる

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こうして病気はあらわれる
病気は「気の病」ですから、その人自身さえ、こころをあたたかく保っていれば、またしっかりとした気持ちや意識を持っていれば、これ以上にない薬になります。ただ、薬は使い方を間違えるとからだに害を与えてしまうものです。
本人のこころや意識が良薬になることをお話する前に、もう少し、害になる部分について触れておきましょう。
その人にとって、いちばんダメージの大きなところに病気があらわれるといいましたが人に与えたダメージによっても、なる病気は異なります。言い換えれば、人にこんなダメージを与えれば、こういう病気になる、と分類できるのです。
こういう人は心臓を悪くする、こんなことをする人は胃にくる、などと、その人の性格タイプ、与えるダメージによって、病気になる部分に傾向性があるわけです。
以下に、その例をあげてみます。

脳腫瘍―まわりの視線、相手への視線が脳腫瘍をつくる
脳腫瘍には、ふたつの種類があります。必要な脳腫瘍と不必要な脳腫瘍です。これらはいい脳腫瘍と悪い脳腫瘍、ともいえます。
ある程度の年齢になると、どんな人でもたいがい脳に腫瘍はできるものです。でもそれは、皮層といっしょにきれいに動いているもので、いくら大きくなっても痛まないし、害もない。自然にできた、いい脳腫瘍です。害がないのですから、手術をして取る必要もない。いい脳腫瘍で命を落とすようなことは絶対にありません。ただ、CTスキャンにかけたときに、腫瘍があるといわれてしまう。そのままにしておけば何事もないのに、手術をされることで悪化し、残念ながら亡くなるケースもあります。
一方、取らなければいけないのは、ダメージを与えたことによってできる、悪い脳腫瘍のほう。どんなダメージによってできるのかというと、ポイントは視線、周囲の人たちの目にあります。
まわりから、自分に関する変なうわさを聞くことがあったとしましょう。誰かがヒソヒソと自分のことを悪くいっているのを耳にしてしまったとします。そのために、うわさされた本人は、周囲の目を気にしだした。そうやってまわりの視線を感じてきたとき、脳腫瘍ができてきます。
逆に、相手に視線を与えても同じこと。告げ口した側で考えると、いつもその人を監視するように見ていれば、やはり脳腫瘍ができるのです。
またそれとは別にやっかいなのが、こめかみあたりにできる脳腫瘍です。これは、イヤなのに我慢して、グッとこらえて力を込めている人。奥歯を噛みしめて何かをする人に見られます。なぜ、やっかいなのかというと、クチがきけなくなる。ただし、この脳腫瘍は治らないわけではない。意外に思われるかもしれませんが、歯の治療をして、血の流れを良くすると治ることもあるのです。

クモ膜下出血・脳溢血―気を抜いたとき血液が戻らなくなる
クモ膜下出血は、気のゆるみです。何かの拍子にふっと気を抜いたとき出血が起こります。もともとは血液の流れですから、それが行きだけで帰りがなくなってしまう。気を抜いた途端に、血液が戻らなくなってしまうのです。
これが、血管がもろくなったときに起こるのが、脳溢血。
とくにクモ膜下出血のほうは、恥ずかしがる人に多く見られます。照れくさくて、必要な言葉も相手に与えられない、むかし気質の男性に多いのではないでしょうか。

心筋梗塞―ヤリで刺すような言葉やしぐさを与えたとき
心臓の病気は、相手のこころのなかに不安を植えつける人がなりやすい。そのなかでもヤリで刺すような言葉やしぐさで相手に不安を与える人が、心筋梗塞になる。相手に何かぐさりと圧力をかけて、かけた分がたまってたまって爆発する。これが心筋梗塞です。病院では、ニトログリセリンや注射をつかって体調や神経を安定させ、治療をしていくようですが、実はそれでは治りません。言葉にしろ、行いにしろ、相手を刺していたものをとってあげないと治らない・相手のこころを刺すような言葉や行いを除去していけば、血管にも柔軟性がでてきて、少しずつ溶けていくのです。

不整脈―与えても、相手が反応してくれない。それで悩んだときに起こるのが不整脈。
愛を感じとってくれないというのが、いい例でしょう。相手に「わたしのこと、わかってよ。わかってよ」といっても、全く良さを理解してもらえない。伝えたくても伝わらないのが返ってきて、自分で悩む。そうすると苛立ちを覚えます。不整脈は、その苛立ちのあらわれなのです。反応してくれない苛立ちのあらわれ

ガンー拒否が体のなかにしこりをつくる
人を嫌う、人に嫌われるのも、病気のひとつといえます。「嫌い」という病気です。
なんとなく嫌いな人、苦手な人っていませんか?とくに何をされた、何かあったというわけでもないのに、嫌いな人、顔を見るのもイヤだという人です。その逆もあるでしょう。顔は合わせるけれど話したこともない人に、なんとなく、嫌われているようだ、苦手に思われているらしい……。
そういった状況は、嫌う側からいえば相手を拒否する、嫌われるほうにしてみれば拒否されることになります。
拒否というのは、一種の感情のしこりです。感情のしこりがあると、脳もそれに応じたホルモンをだしていきますから、からだにも拒否のしこりをつくってしまいます。
この感情のしこりに無関心な人は、ガンになることが多いようです。知らないうちに自分のからだにも圧迫を与えているのに、気にもとめずにいると、ひそかにできたガンというしこりを大きくしてしまうのです。

アトピー・アレルギー・喘息―親から拒否されたとき
たとえば、幼い子供がいる家庭でおとうさんが新聞を読んでいたときに、その子が寄ってきて、腕やからだにしがみついてきました。おとうさんは新聞を読む邪魔になるから、「ダメ」と、その子を追い払ったとします。
あるいは、おかあさんが夕ご飯の支度をしているとき、子供がまとわりついてくるので、「うるさいから、あっちへ行っていなさい」と叱ったとします。
これがアトピーの原因です。
子供は用があってきたのではありませんね。
ただ、「おとうさん」「おかあさん」と、触りたい、コミュニケーションをとりたくてきたのです。それなのに、追い払われてしまった。
拒否された子供は、どう思うでしょうか。触りたいのに近寄れない。近くに行きたいのに来るなといわれる。
どんなに小さい子供でも、物事はまず脳で考えるでしょう。脳で考えたことは、臓器にも伝わります。「拒否された」「わかってもらえない」と脳で考えたとき、それは心臓、肝臓腎臓、小腸に伝わり、臓器にも「拒否された」という指令が行きます。すると、各臓器の機能が円滑に行われなくなる。そうして、こころとからだのバランスを崩すのです。
でも、おとうさん、おかあさんには、子供が拒否されたと思っていることはわからない・だからわかるような形としてでる。それがアトピーです。
最近は子供に限らず、おとなになってからアトピーになる人も多いようですが、これは完全に拒否反応。何かを拒否しているという指令が脳から、心臓、腎臓、肝臓小腸に伝わり、これらがバランスよく動いてくれないために皮層にでてくるのです。
子供の喘息やアレルギーにも、アトピーとまったく同じことがいえます。喘息の子供がわたしのところに来て、きれいに息ができるようになってもダメなのです。家に帰ると、また悪くなる。おとうさん、おかあさんの前では、喘息に戻ってしまいます。
だいたい、アトピーや喘息の子は、おかあさんを見れば、なるほどなあと納得できるケースが多いものです。ポケーッとしたおかあさんよりも、神経質なおかあさんに、そういう子供が多いですね。ですから子供のうちは、親がわかってあげて、満たされていると実感させることが大切です。そうすれば、子供のエネルギーは自然にいい方向へ向いていき、アトピーなども起こることはありません。

リウマチー自分の都合でしか動かない人、人の痛みがわからない人
リウマチには二種類あります。
まず、夫婦愛のリウマチ。たとえば夫が忙しくて、妻に寂しい思いをさせていると、妻にリウマチがでてくる。そういったケースです。これは、お互いのこころが溶けていけば治ります。必要がなくなれば、治るリウマチです。
ところが、治らないリウマチがある。もうひとつのリウマチ。人にダメージを与えた結、それが返ってきてかかるリウマチです。これは死ぬまで治らない。いちばん怖いケースです。
治らないリウマチは、自分の都合でしか考えないし、動かない、自己中心的な人に見られます。
たとえば、病院を予約しました。先生は時間をあけて待っています。ところが、時間になってもその人は来ない。何の連絡もない。それを二回、三回と続ける人。
その人が逆に誰かを自分の家に招いたとき。十時に約束をしたのに、相手は十一時に来たとします。その人はすごい勢いで文句をいうでしょう。
人にするのは平気。人にされると烈火のごとく怒りだす。いかに相手が辛い思いをしているかがわからない。人の痛みがわからないから、このリウマチは治らないのです。

ボケ・認知症―イヤイヤ病。楽になりたいと思ったときから始まる
イヤイヤ病です。何もかもイヤ。イヤになる。こうすれば、楽になるのになあと思ったから、ボケははじまります。だから楽にしなければいいのです。
人間は、自分で自分の一生を「設定」して生まれてきます。自分で人生を決めてくるのです。たとえば「設定」するときに、一から十までを決めてきたとします。でも、生まれてきてみると、生きる要素は十五まであった。そうすると、「設定」してこなかった残りの五の分は、自分で考えなければいけません。
でもそこで、もうイヤだと、考える力をなくしてしまう。それでいて、まだ五の分を生きたい、世のなかに残りたいという。そうなると、ボケるわけです。ボケや認知症になって老いていくと、楽をして惰性で生きていくことになりますから、怖いことに大変長生きするものなのです。
それはなぜか。楽になりたがるから、ボケるといいました。では楽な状態とは、どんなときでしょう。責任もなく、面倒もなく、辛いこともないとき。つまり子供のころです。
子供のころは、親と子供である自分との関係しか存在しない。大人になって、あとから結婚した相手は、頭のなかから消えてしまうのです。ボケる直前に、小さいころのことを夢うつつに思うことかあります。そのときに、子供に帰してあげればいい。その人が子供のころに過ごした土地に行って、そのころにした遊びをしたり、場所がかなわなければ、のどかな風景が広がるところでもいいから、とことん遊ばせることです。充分に遊びきってしまえば、満足して、現在の自分に帰ります。
それをやらない、やれない夫婦関係だと、やはりボケがくる。妻、夫の壁ができている夫婦、繕いながら関係を続けている夫婦に、ボケは多いようです。

糖尿病―ならないと思えばならない糖尿病
糖尿病になるケースには、三つのパターンがあります。
ひとつは、「字の病」「気の病」の例としてあげたケース。「糖尿病に気をつけなさい」などといわれ、なるのかな、大丈夫かなと思っているうちに、本当に糖尿病になってしまうパターン。
この例からわかるように、糖尿病もはじまりは脳です。なるのかな、大丈夫かなと心配するのはどこですか。どこで心配し、考えますか。脳でしょう。
その脳の指令ですい臓が動いてインシュリンが分泌され腸で熱ハランスをとるのですが、脳が糖尿病かなあという信号を送れば、すい臓も腸もそれに順応して、正常な活動ができなくなる。そのために、バランスを崩してしまいます。
だから、「ならない」と思うことが大切。自分で糖尿病ではない、ならないと思えばなりません。
むかしから、いいものを食べていると糖尿病になるなどといわれるようですが、ただ、そういうからなるのであって、いいものを食べても糖尿病にはならないのです。
「あなた、そろそろ糖尿病の検査をしてみたら?」「そんな生活をしていたら、糖尿病になるよ」こんな発言も同じです。
だから現在、糖尿病の人も、「治る」と思えば治ります。尿にちょっと甘いにおいがあっても、これは疲れのせいだと思うこと。
そして、ある程度の運動をすることです。ほどよい運動をすれば、脳の働きも良くなって、いいモルヒネがでてきます。いいモルヒネがでてくれば、臓器の働きも良くなります。
それで、自分のからだは、これだけのことをやっているのだから、良くなるはずだと思ってみてください。よく、一万歩ぐらいは歩きなさいといわれるようですが、がんばって一万歩に近づくくらい歩けば、「よし、これだけやった」と励みにもなります。
自分で「治る」と思ってやっていけば、自然に糖尿病も治っていく。自分の意識でなってしまった病気ですから、自分の意識で治していくのがいちばんなのです。
ただ、インシュリンを打っている人には、またちょっと異なるアプローチが必要になります。なぜなら、インシュリンを打つことによって、脳は安らぎを覚えてしまいます。打てば楽になることを覚えれば、打てばいいんだと考えがちでしょう。それで、インシュリンを打つ時間が近づいてくると、気になって仕方なくなる。こんな人は、まずインシュリンを断つことからはじめなければ、自分の力で治すことはできません。
糖尿病は、こうした「字の病」「気の病」でなる、治る場合がほとんどですが、そのほかに、仕事でも私生活でも、何か不安感にかられて、無理を重ねた結果、なるケースもあります。結局は、それでからだのバランスを崩してしまうわけです。
また「しがらみ」によってなる糖尿病もあります。切っても切れないしがらみ。それが強ければ強いほど、合併症を起こしやすくなります。

肝臓・胃―外向き、内向きが過ぎたとき
肝臓と胃には、正反対の傾向があります。簡単にいえば、肝臓は外向き、胃は内向きに受けてしまう人がなりやすい・肝臓の外向きというのは、何でもかんでも人のせいにする。矛先を外に向けることをいいます。要は自分勝手。いつもブリブリしている人が、肝臓の病気になる人です。
それに対して胃は、人に何かいわれたりすると、自分を閉じ込めてしまう。外にだせばいいのに、じっと自分の内に秘めてしまうタイプが胃を悪くします。受けとめ上手で流し上手。これが、胃を良くする方法です。

腸―溜め込む人は腸にくる
溜める人、溜め込む人、やたらに他人のことまで自分のなかに溜め込んでしまう人、そういう人は腸にきます。人の分まで吸収してしまうので、ひとりで苦労を背負ってしまうようなタイプです。
すぐ便秘をしたり下痢をしたりする人も、同じ。
わたしは、子供のころから下痢症でした。なぜかというと、わかってもらえなかったからです。子供のころから、ほかの人たちより、ちょっと別のところが見えたりするエネルギーがあって、本当に見えることを人にいっているのに、理解してはもらえなかった。こんなにいっているのに、わかってもらえない。「どうしてわかってくれないの?どうして?どうして?」と思っているうちに、自分のなかに閉じ込めて、溜め込んでしまうようになったのです。
腸と同様に、痔も溜め込み型の人に見られる症状です。ちょっと違うところは、溜め込みながらも、落ち着きがない人、イライラしている人。いつも自分の内で格闘していて、かといって、外にでられない人。それが、痔になる人の特徴です。
膝―口うるさく人をせき立てると痛くなる
膝が悪くなる人は口うるさい人。「ほら、あれやって、これやって」と、人をせき立てていると、膝が痛くなります。わたしのところにも、口やかましいタイプのおばあちゃんが来ていました。あまりにセカセカと口を動かしているので、「おばあちゃん、またそうやってうるさくいっていると、膝が痛くなるよ」と、いった時点で、もう膝が痛くなっている。
お嫁さんにうるさくいうお姑さんなどには、膝が悪い人が多いのではないでしょうか。

腰・足首―威張って人を見下すタイプ
腰と足首は連動しているため、腰が悪い人は足首も悪いもの。どんな人が腰や足首を悪くするかというと、頭の高い人。威張って、人を見下すタイプです。
スポーツ選手でもアキレス腱を切る人がいますが、よくよく見ていると、自分ばかりを強調して、人をないがしろにしていたり、大きなこと、できもしないことを口にしていると、アキレス腱を切ってしまうようです。
また、仕事で腰が痛くなったという人がいますが、確かに腰椎が下がっている場合もありますけれど、無理をしすぎて腰痛になったケースも多い。「なぜ、そこまでやるの?」といいたくなるくらい、働きすぎたり、がんばりすぎたり。
そんな人には、よく「油が切れたんじゃない?」と、いってあげます。無理からきた腰痛は、休みなさいというサインです。それ以上続けると、骨はどんどんずれていって、もう泊らなくなってしまう。その前に、休みなさいと、からだのほうが教えてくれているわけです。

腎臓―男性の腎臓は身勝手、女性は拒絶タイプ
腎臓はセックスにも関係する臓器です。ですから、男性と女性では、なりやすいタイプも異なりますし、女性の場合は子宮の病気にも派生していきます。
ではまず、男性の場合から見ていきましょう。男性で腎臓の病気になるのは身勝手な人。
相手のことを考えない、孤立するタイプです。
セックスの例でいうと、自分で「うちは火曜日にセックスをする」と決めてしまう。決めた日は、何があろうと、きちんとその用意をする。そんなタイプの男性は腎臓にきます。
一方、女性の腎臓は受け入れない、拒否型の人。子宮の病気も同じですが、子宮の場合はセックスの拒否が病気を招きます。
たとえば、夫が今日は妻とセックスしたいと思う。そのときに、妻が拒否するしぐさをしたら、男性はどう思うでしょうか。「まあ、仕方がないか」と思ったとします。その「仕方がないか」が子宮にくるのです。
では、次の機会も拒否されたら?「またか」となる。「またか」も子宮にくる。その次もイヤだとなったら?「ちょっと待てよ。いい加減にしろよ」となる。それも子宮にくるわけです。
つまり、拒否された男性の気持ち、不快感が、女性の子桝に伝わるのです。こうして、子宮ガン、子宮筋腫ははじまります。
ただし、女性が受け入れないとはいっても、かならずしも女性に原因があるとは限らない。元来、子宮は「受け入れる」性質のもの。「拒否」は本来の機能ではありません。ですから、女性が受け入れないのは、男性側に受け入れられない何かがあるのかもしれない。
男性のほうに拒否される理由があるのかもしれないのです。
たとえ互いに愛情を注ぎ合っていたとしても、どこかでズレが生じてしまうから、「拒否」につながる。そして、子宮ガンや子宮筋腫など、女性のホルモンに関係するところに、その症状があらわれる。子宮の病気は、男女の間に理解がない証拠ともいえます。妻が子宮を悪くしたときは夫も真剣に考えてほしいと思います。

乳ガンー夫からの愛情欠乏症
女性の乳ガンも、男女の愛情問題がからんできます。愛情の欠乏からなる病気です。
極端な話、夫に愛されている女性は乳ガンにはなりません。乳ガンになる女性は夫の愛情を受けていない、あるいは愛情が不足しているといえます。
もともと乳ガンは、ホルモンのバランスに関係する病気です。ホルモンのバランスが崩れた結果、乳ガンにかかる女性が大変多い。子宮のところでも触れましたが、ホルモンと夫婦の愛情には深い関連があります。
夫に充分な愛情を注がれ、満たされていれば、脳はそれに反応し、いいホルモンをだすものです。ところが、満たされていない不満がある場合、今度は悪いホルモンがでてくる。
ホルモンの作用により、肉体の各機能も動きますので、悪いホルモンがでれば、体にも悪い作用が起こります。その症状は、いちばん弱いところ、あるいは象徴的なところにできやすいもの。つまり、女性の場合は胸。乳ガンというわけです。

不妊症―子供が生まれないほうが幸せな夫婦
こんな家族がいました。夫のおかあさんとお嫁さんが大変仲が良くて、いつも実の母娘だと間違われてしまう。旦那さんが、とってもおとなしい人だからでしょうか、実の息子である彼はいつも養子だと思われる。
「いいお婿さんをいただいて、よかったですね」などと、いわれるのだそうです。
実は、この夫婦には子供ができませんでした。
なぜできないのか。それは、できないほうが幸せだからです。夫婦や家族関係、生活環境を考えると、子供が生まれないほうが幸せだという夫婦は確かにいます。できないというのは、そういう意味です。
よく、受精卵はできるけれども、着床しないといいますが、卯までできて着床しないなら、やはり必要ではないのだと考えたほうがよいのではないでしょうか。できないなら、そのほうがいいのだと思って、親の勝手で無理してつくる必要はないと思います。

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